11月30日 カンブリア宮殿で有機栽培米を
カンブリア宮殿という番組をテレビ東京でやっている。いろんな業種の企業の社長が、どうやってその企業を成功させているのかという話を聞く番組だ。一部上場の大企業から、中小企業や商店主までと幅が広い。男前豆腐店の伊藤さんも紹介されていた。
この番組に、日本一うまい米の生産者という紹介で山形県の遠藤五一さんが26日に放送された。
20年以上も前にヘリコプターで農薬を散布した地域で、農薬は散布者も地域の人々も苦しめるからと、無農薬栽培を始めたのだそうだ。
田植え準備から稲刈りまでの9カ月をテレビで映し出していたが、本当に頭が下がる思いで観ていた。しかも無農薬米を栽培するだけではなく、それを売るために大阪や東京に営業セールスに出ている。その甲斐あって、米あまりのこの時代に人気のお米になっているという。
遠藤さんの話の中に、ご飯は茶碗一膳で約50g。5kgで5000円のお米は高いと思うようですが、一膳にしてみれば50円です。缶コーヒーやジュースならば120円。決して高くはありません。
安全で安心のできる美味しいお米を食べて欲しいと結んでいました。
全国には遠藤さんのような志を持って、無農薬でお米を栽培している農家が結構あります。その中の一部ですが
おいしい米を探すでも紹介しています。
そして再び、生産者の方々の手間暇と苦労を感謝しつつ、ご飯をいただきたいと思います。
11月26日 昔の記憶
フランスやアメリカに限らず先進国では和食が人気らしい。なんと言ってもミシュランのレストランガイド東京版が出るほどなのだから。
体への負担を考えると、日本料理は脂質や糖分が少なくて良い、ということがやっとわかったのだろうか。しかも割に繊細な美味しさが理解できるようになったとは。いいことだ !!!
と言っても一番の人気は何といっても鮨。基本的に粉食の民は、粒食の美味しさが理解できないのかと思っていたのだが、鮨はケーキ(糖分の少ないヘルシーな)のようなものというイメージがあるからかな。
パリに遊んだ時、1日だけ日本に戻って鮨が食べたいと言ったら、彼の地の人はどんなものだ聞くので、ライスの上に生の魚やたこが乗った食べ物だと説明した。日本人は変なモノを食べるんだなと気味悪がられた。
きっとライスの上に魚やたこが生のまま横たわっている図を想像したに違いない。もう30年以上も前のことだ。
それが今では、パリだけで鮨店が600以上あるというからすごい。もっとも9割はインスタント開業で似て非なるものらしいのだが。でも30年も前の想像のような鮨はないだろう。
日本だってイタリア料理の始まりはスパゲティ。
ハムとタマネギとピーマンをスパゲティと一緒に炒め、ケチャップで味付けしたナポリタン。これがイタリアの国民食だと。まるでうどんのような茹で過ぎのスパゲッティにイタリア食を夢みていたものだから、さして変わらない。
それが今では、イタリア人もびっくりするような美味しいピッツァやパスタ料理が提供されているでしょう。
つくずく日本は美味しい国なんだなぁーと思いますよ。
11月23日 ミシュラン東京が発売された
22カ国の都市のレストランガイドを出すミシュランが、ヨーロッパ以外で2005年のニューヨークに続き、アジアで初の東京版を出した。ミシュランの三つ星といえば、それだけで旅行に行ってもいいというくらい価値があるとされる。
テレビでも放送され、その効果もあるのだろうが三つ星を獲得した8軒のお店は、予約で今年はもう一杯だと報じていた。ワォーである。
どんなお店が出ているのかと書店に見に行ったが、完売の札が出ていた。いつ入荷できるか分からないので、本の予約はしていません........と。まるで昨年の任天堂DSライトの販売騒動の時のようだ。
東京には16万の飲食店があるらしい。そこからミシュラン東京には150店を掲載。しかも星の数が190(うち和食が60%)もあるという。大盤振る舞いだ、いいぞミシュラン・ジャポン。パリで97個、ニューヨークで54個というのだから、やはり日本の食べ物は美味しいのだ。
日本料理がブームだというだけではなく、その味を外国の人も普通に好むようになったということか。
日本の料理は、和食に限らず中華でも洋食の場合でも、素材をすごく重視する。つまり料理人の技のすごさもさることながら、素材の質も十分に高い。つまり、そういう美味しい食材を生産する人々が沢山いるということでもある。幸せなことでしょう。
もちろん三つ星のお店で使うような食材が一般家庭では手に入らないけれど、それでもなお十分にいい食材を毎日の家庭料理に使うことができる。そういう食材を生産している人々に感謝です。
だいぶ前だが銀座の天ぷらやに、訪日していたアメリカのクリントン大統領が入るのを見かけた。その店はミシュラン東京にランクインしたかな。
11月16日 白い野菜が旬になる
11月に入ってもしばらくは暖かな日が続いた。でも今日の最低気温は10度より低くい。
自然界は1度の温度に敏感で、紅葉も7度以下になるときれいに色づくのだそうだ。秋は深まり、北国からは雪の便りも届く。
寒くなると白い野菜が美味しくなる。
大根、白菜、かぶ、蓮根、長ネギ、カリフラワーなどが旬になる。
今ではどの野菜も年中あるけれど、旬のモノは味が違う。栄養分の濃さが違う。そして旬は安い。こんないいことずくめなので、沢山食べたいものだ。
いろんな料理があるが、気温10度以下と寒くなればやはり鍋料理。
ぶりと大根のぶり大根。鶏と白菜、長ネギの水炊き。白菜と鴨肉の鍋。活きたことかぶのたこしゃぶ。想像しただけで体が温まるでしょう。
今夜は白菜、長ネギ、大根があるので、きのこを加えて水炊きです。
11月12日 「もったいない」と日付の偽装表示
食品表示の偽装が続いている。10月には内部告発などの情報提供が700件もあったそうだ。
一番多いのが日付表示の偽装。これは食品の賞味期限表示が義務になったからだ。
賞味期限を1日でも過ぎたものを売れば違反。車だって5分でも路上駐車すれば違反。反則切符が切られると罰金15000円。お上のお達しに触れれば違反なのだ。
賞味期限表示の義務が施行された頃に、知り合いの納豆屋さんが「納豆は腐りかける頃が一番うまいのに、賞味期限のせいで、うまくなり始めると返品で戻ってくる。返品は捨てるしかなく、一番うまいところを捨てるなんて、こんな馬鹿な話はない。大体もったいねーじゃないか」と嘆いていた。
まだ全然大丈夫、食べられます。捨てたらもったいないでしょう。という気持ちはわかるけれど、違反すれば会社はつぶれてしまうこともある。食料の60%以上を輸入に頼る日本なのに、廃棄する食品は世界で一位か二位といわれる。世界中から何てもったいないことをするんだと。このあい反する現実。こんな馬鹿な話はないと思うが、このジレンマが情報提供の数に現れている。
同じ偽装でも豚肉だといって、ウサギやわけのわからない肉が混ざっていたなんていう偽装は言語同断。肉まんに段ボールが入っているという中国の騒動を笑ったが、同じことが日本でもあるのだ。
11月9日 似たもの豆腐
このところ週に一回は豆腐を食べている。
これは、スプーンですくってレンジして、ポン酢をかけて美味しい、とあるので買った。
喧嘩上等・湯豆腐野郎。198円

このネーミング。豆腐らしからぬパッケージ。てっきり男前豆腐店のものだと思っていた。
もちろん、にがりだけの豆腐なのだが、何故か豆乳入りとある。
よく分からないなと思い、よく見たら製造が三和豆友食品とあった。これは男前豆腐店の社長の父君の豆腐屋さんのものだった。
男前豆腐も以前はここで作っていたようだが、2005年に独立、別会社になった。
似たもの豆腐なのだが、作り手が違へばやはり味も微妙に異なる。豆腐としては美味しいのだが、男前豆腐とは味が違うということだ。
11月5日 豆腐に目ざめる
だいぶ前に京都の南禅寺のそばにある豆腐料理屋でご馳走になったことがあった。豆腐には興味がなかったのだが、そこはすごく美味しかった。素材の旨さが醸し出すあまさ。えっ、豆腐ってこんなに美味しいものなのかと思った。
豆腐は年寄りの食べ物でないことを発見したものだった。
それからちょっと気になって豆腐を探したが、あの美味しさに匹敵する豆腐には出会っていない。
また食べなくてもいい食品になっていた
美味しくない原因は、凝固剤・消泡材・防腐剤と化学薬品を使って大量生産したことによる。それは味の荒廃を招き、多くの豆腐屋さんがつぶれるにいたった。
しかし、このところ結構美味しい豆腐が出回っていることに気が付いた。美味しいとは、まず第一に化学薬品の味がしないこと。大豆がふくいくたるまろやかさをだしていること。これが条件である。
豆腐は作りたてが最高で、時間と共に味は落ちるといわれているが、なかなか鍋を持って出来たて豆腐を買いに行くという条件は難しく(近所に豆腐屋がないとか)、時間経過はひとまず置いておく。

男の3連チャン (169円 2口で食べきりサイズの豆腐が3連)
破天荒なネーミングと奇抜なデザインで知られる男前豆腐店である。凝固剤に塩化マグネシウムとあるが、これは天然のにがり(苦汁)のこと。化学薬品を使わず、国産大豆とにがりだけで作られている。
豆腐というか大豆のプリンのような、かってない濃厚な味わい。こういう豆腐をいままで食べたことがない。
これに影響されてか、消泡材も防腐剤も使わず、にがりだけで作られる豆腐が増えた。大豆も有機栽培と各メーカーは美味しさを競っている。いいことです。
ちなみに今夜は豆腐づくし。
湯豆腐。豆腐にザーサイとメンマの細切りをトッピングし、ラー油と醤油味の小鉢。きゅうりとワカメに白和えのサラダ風。
豆腐にめざめた、と書いたがそういうものを好む年寄りになったということかもしれない。